「恐怖、怖さ。」について書いていこうかなぁと。。。
独立しているからか恐怖は常にそばにある
「売上は今後どうなっていくのか。。。」
「健康を維持していかないと。。。」
「モチベーションを保てるんだろうか。。。」といったような恐怖が、独立しているからか常に頭の片隅にあるといえます。
「装備品のスペックをもっと上げなければ。」などとも考えてしまうともいえます。
なので、独立して生きていると「ずっと恐怖心を持ち続けて生きている。」となるのかもしれません。
この発信も「風が吹けば簡単に飛んでっちゃうしなぁ。。。」などと感じるなかで、
「風が吹いたくらいで動じないようになりたい。」といった恐怖心から続けているともいえます。
怖いとホラーは違う
「恐怖、怖さ。」を持ち続けて生きているからか、
「恐怖とはなんだろう。。。」と恐怖と向かい合うことを目的としてホラー作品に触れる機会を増やしているといえます。
たとえば、雑誌BRUTUSの2023年9月1日号「怖いもの見たさ。」というホラー特集がされていたなかでいくつかホラー作品に触れてみたのです。
その特集ではホラー系の小説や動画などを5段階で評価してあったので、
触れたことがないもので最高ランクになっていたものをスクリーンショットしてマイホラーブームをつくってみたともいえます。
怖さが5.0となっていた「闇動画」といった動画作品は25作品をすべて観ました(U-NEXT)し、最近も同じく5.0評価だった「残穢」という小説も読んでみました。
たしかに、どの作品も「いやな感があるなぁ。」といったシーンもあったといえます。
ただ、怖さというよりは「意味のつかめなさ。」といった印象が強く、
「怖さとホラー作品には次元の違いがある。」といった結論になったといえるかもしれません。
踏み出さないことが最も怖い
「怖さ。」というのは、ホラー作品などで取り上げられる怨念というよりも、
「経験したことがないから踏み出せない。」といったものなのかもしれません。
たとえば、ランチに行く際に「慣れ親しんだラーメン屋」と「入ったことがないラーメン屋」なら慣れ親しんだラーメン屋のほうが恐怖心を持たずに入れたりするものでしょう。
「今日もあのチャーシュー麺を食べるか。」といったようなホームタウン感を持てたりもするかもしれません。
その一方で「あの店も気になるんだけどなぁ。。。」といったしこりが残ったりもするものです。
そんな、未経験の怖さを払拭していくのが生きていくということなのかなぁと。
「やったことがない。」というのは、かなりの恐怖心を煽られるものだったりするでしょう。
「独立してみたいけど経験したことがないから。」というのも、未経験であるがゆえの恐怖心だといえるかもしれません。
ただ、踏み出してみると意外に「怖さ」というものは感じないといえます。
ラーメン屋なども「こっちの方が美味しいんじゃん。」などともなったりするのです。
そして、独立して生きていくのも、
「1年後はどうなっているんだろう。。。」といった恐怖心は常に持ち続けていくといえますが、その恐怖心は絶望感と違い気持ちはいいものです。
「まあ、じぶんでなんとかできる範囲だからね。」といったように。
なので、怖さ感じたならそれを払拭するために踏み出してみるといいかもしれません。
その踏み出した一歩がじぶんを大きく変えるのでしょうから。
まとめ
一番怖いのは、何もせずに時間が過ぎていくということなのかなぁと。
【おわりに】
GW中に芦花公園駅の近くにある世田谷文学館で開催されている「伊藤潤二展 誘惑」に行ってきました。
ホラー漫画家の著名な方だそうで、娘に教えてもらい行ってみたら楽しめたという。
【一日一新】
マンガ 富江