「なにかひとつ熱中するものを持て。」
ということが求められる時代だったとしても、熱中するものがなくても何とかなるかなぁと。
熱中し続けるは難しい
「やりたいことがなくても、何かひとつ熱中するものがあればブレイクスルーできる。」
などと言われるようなこともあったりするものですよね。
また「何かに熱中しているひとは強い。」などと言われることもあるものでしょう。
たしかに、熱中するほど好きなことをやっているときは楽しいものです。
- 『LOST JUDGMENT 裁かれざる記憶(ゲーム)』に熱中する
- グランツーリスモSPORTでニュルブルクリンクを走ることに熱中する
- ギターでマイナーペンタトニックスケールにナチュラルマイナースケールを合わせて弾くことに熱中する(結局はクロマチックスケールでいいんじゃないかとも)
- アーセナルの移籍情報に熱中する
- ピアノでひとまず左手と右手をおなじスケールを弾くことに熱中する
- FastEver3の使いやすさに熱中する
ただ「熱中することを極めていく。」ということは簡単なことではないといえます。
楽器もギター、ドラム、ベース、そしてピアノと熱中するものが移り変わっていますが、人前で弾けるレベルはギターだけだといえますし。
そして「熱中していたのに飽きてしまう。。。」ということもあったりするものです。
なので「熱中する。」ものが続いていくというのは、それほど簡単でないよなぁと。
熱中するほどやりたいことがなくても何とかなる
いまの「税理士業をメインとして独立している。」という状態は、
じぶんに合っていると感じていますし「楽しさ」という熱狂度は感じています。
とはいっても「絶対にこれがやりたい。」などといった熱量を持って、働く職種を決めたことはなかったものでした。
「銀行に就職しよう。」と大学時代に考えたのも、
「それほどやりたいことがないからお金に近いところで働こう。」という、やりたいことがなかったからこその消極的な選択だったものです。
また、税理士を目指したのも、
「ホウレンソウをするよりも、じぶん勝手に行動するほうが向いている。」ということに社会人になって気がついたからでした。。。
ただ、銀行に就職をしようと考えた際には『ナニワ金融道』の影響や当時、金融業界の時代の寵児であった木村剛さんの影響も大きかったものですし、
「税理士を。。。」と踏ん切りをつけられたのも、銀行員時代に取引のあった税理士の方のおかげだったともいえます。
なので、一生の仕事になるかもしれない税理士業を見つけられたのも「熱中というよりはひとの縁だった。」といえるのかもしれません。
だからか「熱中するほどやりたいことを見つけられなくても何とかなる。」と感じることも多いかなぁと。
熱中というワードよりも「やりたくないを決めていく」
「熱中することしかやってはいけない。」
というルールがあったとしたら、この場所にはいなかったかもしれません。
また「熱中するものを何かひとつでも。。。」などと言われても、
これだけ楽しそうなものが溢れている世の中だと「選択肢がありすぎて何にも熱中できない。」ということもあったりするものだといえます。
なので「熱中するを見つける。」というよりは、
「やりたくないことを決めていく。」ということの方がうまくいくような気がしています。
たとえば「働く」ということも、
- 時間で働く
- 働いていなそうなひとと同じく空間で働く
- 舌打ちをするひとと同じ空間で働く
- 仕事と収入の関係性がわからない状態で働く
- タッチパッドが使いにくいPCを使う状態で働く
- 裏紙を使う状態で働く
- 宗教ちっくなセミナーに参加させられる状態で働く
- 朝から残業して働く
- 女性を小間使いする状態で働く
- ヘヴィメタルが聴けない状態で働く
- やたらゴルフのスイングをするひとと働く
- 愛想笑いする状態で働く
- 残業が出ない状態で働く
などというようにやりたくない状態を決めていくと、見えてくることもあるかもしれません。
きっと「やりたくないことがある。」というのは、大きな力になるといえるのかなぁと。
少なくとも「やりたくないことがある。」というひとのほうが「熱中することがあるひと」よりも輝いているような気がします。
まとめ
いまに至るまで「寝食を忘れるほど熱中するもの。」に出会ったことがなくても、なんとかなっています。
【おわりに】
ギターを弾いているので、
「フィンガリングには慣れているぜ。」と思っていたのですが、ピアノを弾いていると指を動かす腕の筋肉が痛くなってきます。
ひとまず基礎練習を繰り返して、The BeatlesやOasisなどの曲を弾けるようになることが目標です。
【一日一新】
映画 花束みたいな恋をした