アンチ分業というのがお気に入りの言葉のひとつだというお話を。。。
正義なのかもしれない分業
「仕事は任せるもの。」といったことが世の中のメインストリームだったりもするかもしれません。
なぜか「社長がそんな仕事をやってはダメですよ。」という言葉が、
経営コンサルタントのキラーワードとなるのも「仕事は任せるもの。」といった呪術のような刷り込みがあるからなのでしょう。
経済学者のデヴィッド・リカードさんも比較優位の原理のなかで、国際分業を説いているので分業は仕事を進めていくうえでの聖典なのかもしれません。
それこそ「お茶は女性が煎れるもの。」といった昭和な職場で働いていたときに、
何の違和感を持たなかったのも「分業」ということが刷り込まれていたからだといえます。
よく観るサッカーも、ポジションごとに役割で分業されているから美しさが表れ、ひとびとを熱狂させているスポーツなのかもしれないなぁと。
アンチ分業の一派
人生を効率的に進めることができるといえるかもしれない、分業。
ただ、ひとり仕事を選んでいるひとは、アンチ分業の一派なのかもしれません。
たとえば「仕事を任せても任せたひとや組織とスピード感が合わない。」
「分業すると気を使いすぎて疲れてしまう。」
「0からゴールまでのすべてのポジションを経験したい。」というひとはアンチ分業派でしょう。
わたしもこのすべてに該当するといえるかなぁと。。。
「やっぱり、分業こそが事業には必要なものかもしれない。」
といった考えが分業の刷り込みによるものなのか頻繁に頭によぎるともいえますが、分業疲れしてしまいそうなのです。
仕事を分けることに力を1%でも使うと、出社したくなくなりそうな感があるといえます。
アンチ分業は非効率だけど
「分業は効率的。」
といった証明されているともいえるので、アンチ分業は非効率的だといえるかもしれません。
「営業をじぶんでおこなう。」
「経理や請求、支払い関係をじぶんでやる。」
「現場にじぶんで立ち、企画立案もじぶんでおこなう。」といったように事業のすべてを専業としておこなわなければならないからです。
オフィスにひとが来ても「水と爽健美茶のどっちがいいですか。。。」といったこともひとりでおこなわなければならないといえます。
(わたしのオフィスに来るひとは水が多めという統計も。。。)
そして、アンチ分業は孤独だともいえるかもしれません。
「相談する。」といったことも、それほど気軽におこなうことができないといえますから。
とはいっても「速い、うまい、(なんなら安い)。」という事業の王道は歩めるものです。
「ホント、仕事速いっすね。。。」といった言葉を受ける頻度がアンチ分業派のひとなら高かったりするものでしょう。
「わかりやすい(うまい)!」
「全然、高くなかったっす(安い)!」といった言葉を受けることも少なくないかもしれません。
などというような言葉を実感したいならアンチ分業派だといえますし、ここに壁を感じるなら分業派だといえます。
ただ、アンチ分業派の流派として生きていくと「妙な気遣いをしないで生きていける。」といったシーンは少なくないものです。
まとめ
しばらくはアンチ分業派として活動していこうかなぁと。
【おわりに】
来客があったときのために(ほとんどない)、オフィスに爽健美茶をケース買いしているのです。
よく見ていたら賞味期限が切れていたという。。。
まだ、10本前後ありましたがシンクに流してごみの日に捨てていきます。。。
【一日一新】
グリマスシェイク