いつまでもひとのピークは続かない

「ピークアウトすることもあるんだろうけど、それはそれでいいのかもしれない。」ということを書いていきます。


Bullet for My Valentine@豊洲PIT。


まだ限界は見えていないけど


生きていて「じぶんは老け込んだなぁ。。。」といったことをまだそれほど感じていないといえます。

税理士業でも「調べるのが疲れるからテキトーに。」ともなっていませんし、

「仕事をしたくないからテキトーに売上を取ってきてテキトーにひとに流す。」といったマインドにはなっていないものです。

身体的な面でもひとに誇れる身体になってはいませんが、

「やればやるほど筋肉って付くもんなんだ。」といったことを日々のトレーニングをしていて感じているともいえます。

それこそ「昔は良かった。」というよりも、

「どんどん素敵なものが出てくるいまの方が凄いよね。」と感じられているのは、まだじぶんがピークアウトしていないからなのかもしれません。

「最近の若者は。。。」と揶揄するよりも、

「若いひとのほうが同世代や上の世代のよりもちゃんとしている。」といったことも感じたりするものです。



どんなに凄くてもピークアウトするときが来る


税理士業界で初めて働いた税理士事務所では、

「昔の所長は凄かったんだ。」ということをベテランの従業員の方から散々言われたものでした。

とはいっても、すでに現場から完全撤退していて、

「就業時間中はひたすら読書をしている風。」のその税理士の方を凄いとは思わなかったといえます。

「凄いところを見たことがないんだから凄いと感じられるわけないじゃん。。。」などと考えて。

などというようなことも「ひとのピークは短い。」といったひとつのエピーソードなのかもしれません。

先日観に行ったBullet for My Valentineのライヴも、

「演奏は昔よりもタイトになっているけど、ヴォーカルの声が明らかに出なくなっている。。。」と感じたりしたものでした。

「ツアーファイナルで疲労が溜まっているのかなぁ。」とも感じたものでしたが「喉だけは交換不可能の楽器」という言葉を思い出したものです。

「ピークは過ぎてしまったのかぁ。。。」といった思いとともに。


別のかたちのピークはつくれる


「あのひとはピークアウトした。。。」などというのは、ネガティブなイメージの方が強いものでしょう。

Bullet for My ValentineもヴォーカルのMatt Tuckは長年のライヴによる金属疲労なのか(もしくは風邪をひいているのか)以前よりピークアウトした感もあったといえます。

ただ「ピークアウトした。。。」というのも、それほどネガティブに捉える必要はないんじゃないかなぁと。

「昔は凄かった代表税理士。」もいまは凄くないから、わたしが税理士業界に足を踏み入れるきっかけになったともいえるでしょうし。

Bullet for My Valentineにしても、10数年ぶりに観れただけでひたすら感激していたものでした。

そして「ピークアウトしたかも。。。」と感じたなら働き方を変えてもいいのでしょう。

Bullet for My ValentineもMatt Tuckが歌う機会が減り、

ベーシストのJamie Mathiasが歌う機会も多くそれはそれで「意外に歌上手いなぁ。」といった印象を持ったものでした。

なので「ひとのピークは永遠に続くわけではない。」と考えながら日々のトレーニングに励んで、

その全盛期を長く保ったほうが良いのでしょうし、ピークアウトしたならしたで別の方法があると考えて周りを見渡してもいいのかもしれません。

「人生は儚い。。。」と考えられれば、いままでのピークが過ぎても新たなピークを別のかたちでつくれるものでしょうから。


まとめ


「ピークアウトは必ず訪れる。」と考えて、新たなピークを模索していくのもひとつの道なんだろうなぁと。


【おわりに】

ライヴを観に行くと「イエーイ!!」とか「ふぉ〜!!」と叫んだりするんです。

ただ、風邪の治りかけで声が出ないからか「ぃぇ‐‐ぃ。」くらいの声しか出せなかったという。


【一日一新】

豊洲PIT

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