人生のきっかけを掴むためには、読むことがおすすめな理由

何かにチャレンジしたかったり、学びたかったりするときは、やっぱり読むことが1番だとおもいます。



観ることは楽しい


昔からの1番の娯楽は、観ることだとおもいます。

「テレビを観る。」

「映画館で映画を観る。」

といったように、「観る」ことで受けるインパクトはとても大きいように感じます。

いまも、「テレビを観なくなった。」といっている人も(わたしもそのひとりですが)、動画配信が身近になってきてから、

「動画を観ること。」自体は増えてきているのではないでしょうか。

わたしだと、「海外サッカーはDAZNで、好きなアーセナルの試合を中心に観ている。」

「YouTubeで、ギターの演奏動画やお笑い芸人やYouTuberの動画を観ている。」

「Netflixでドラマや映画を観ている。」

といったように、以前はテレビ画面の前に座わらなければ観れなかったものが、スマホやタブレット、そしてプロジェクターで、いつでもどこでも簡単に観ることが出来るようになっています。

移動中に観たいものを観れるようになっている世界は、信じられないほど「便利だなぁ」と思います。

それでも、何かを学ぼうとするときには動画だと厳しく感じることがあります。

動画だとどうしても、「時間がかかり断片的になってしまう」から学ぶということには、不向きだと感じています。


読むことで掴めることは多い


動画を観ることは便利で、楽なことです。

とはいっても動画だと断片的になるから、読むということはやはり必要なことです。

何かを学ぼうとおもったり、きっかけを得るためには、

「やはり読むということの方が向いている」と感じています。

キッカケを見つけるために新聞を毎日読む

わたしは、大学生だった20歳ごろから新聞を毎日読んでいます(日経新聞をメインで)。

いまでも新聞は、世の中の流れを掴むには一番向いている媒体だとおもいます。

「経済がどう動いているのか。」

「今後の世の中の流れはどうなっていきそうか。」

といったことは、新聞を毎日読むことで見えてくる部分は多いなと感じています。

新聞に関しては、「全部書いていない。」

「嘘ばかり書いている。」

といった批判がありますが、それは文字数や締切がある関係から仕方がないことです。

新聞を毎日読むということは、少なくとも何かのキッカケを掴むには向いている媒体だとおもいます。

ブログを読むことで掴む

ブログを読むことも、キッカケを掴むことに向いていると感じています。

新聞を書くということはプロが書いているので、

「プロであることであったり、社会的な正義(?)。」を守るため、おそらく超えられない一線というものもあるのだとおもいます。

その新聞とは違って、ブログというのはもっとコアな情報が書いてあるという部分があります。

わたしの経験だと、

「税理士業界にいるのに、資金繰りもわからない決算書も読めない職員が、偉そうにお客様に接している。」

「記帳代行の請負で、労働集約型産業として人を安く雇ってナンボだと思っている。」

といった、税理士業界に感じていた違和感を覆すことが出来たのは、コアなブログを読んでいたからです。

ある種、プロではない書き手が書いているブログだからこそ、

「ストレートな考えや、生き方を読むということができる。」ということがあります。

ブログを読むということは、そんなコアな情報があるので、じぶんを変えるキッカケになることもあるとおもいます。

時折り「無料の情報なのに、これだけの情報があること」にビックリする、というのもブログを読むことのいい面です。

本を読むことで掴む

キッカケを掴んで、そこで掴んだことを体系的に学ぼうと思えば、やはり本を読むということが効果的なことです。

わたしの人生でも大きな転換点のひとつは、読書をし始めたということです。

大学生時代に、ナニワ金融道の著者の方の本を読んでから読書の必要性を感じ、そこからは間違いなく人生のスピードというものが加速したと感じています。

特にいまの日本人は、世界的にみても読書をしないといわれています。

これはもったいないです。

いまは、かつてよりも本が買いやすくなっている時代です。

興味があるジャンルを見つけたら、Amazonで検索をして読んでみるべきです。

キッカケを掴んで、その知識を体系的にまとめるためには、最後は書籍で読書をすべきです。


読んだあとは書いてみる


読むということをしたら、その読んだことを実践してみるということもおすすめです。

また、書いている人に会う機会があるならば会ってみるということも、大切なことだとおもいます。

そのなかでもおすすめなことは、書いてみるということです。

このブログを通じて書くということをしていますが、書くということをしていなければ、

「2,000字で税金に関するテーマで書いて。」

といわれても、

「2,000字ってどれくらい?」

ということになっていました(学生時代は、読書感想文の400字詰めの原稿用紙1枚ですら、しんどかったです)。

それが、書くことをしていると「2,000字っていったらブログ1記事くらいかな」といった、文字数の感覚もわかるようになってきました。

また、書く行為をすることで、読むことも学べるという部分もあります。

「本当はこの人は、もっと言いたいことがあるのかもしれないけど、文字数の関係や時間的なこともあって、ここまでなんだろうなぁ。」

といったことを、書く経験をすることで感じることがあるという学びもあります。


まとめ


何も読まずに調べずに、あたまのなかに革新的なアイデアがあって、それを具現化できる人は天才だとおもいます。

とはいっても、ほとんどの人はそんなことは出来ないとおもいます。

なにかのキッカケを掴み、そこから学んで、「じぶんなりにアレンジする。」

そのためには、読むということを日々繰り返すことで、キッカケを掴むチャンスは増えてくるのではないかと感じます。

だからこそ、「読む」ということは大切なことですよね。


【おわりに】

今日は暖かかったです。

だからか、花粉が凄い飛んでいました。

今年は、去年よりも花粉の飛散量が多いらしいので花粉症の身にはつらいです。。。


【一日一新】

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