「家族のとなりでも仕事していくと、もっと自然体で生きられるかも。」というようなことを書いていきます。

動いている幼い娘を観る機会が少なかった
社会人となり、娘が生まれてからのしばらくの間。
朝、会社に出勤するにあたって「ずっとこの顔を眺めていられればなぁ。。。」と後ろ髪を引かれていたものでした。
ただ、朝早くに家を出ていき、夜遅くに家に帰ってくるような生活だったので、
「ずっと、寝てんじゃん。。。」などという淋しい印象も強かったといえます。
「平日には動いている姿をほとんど観ることができない。」といった、アイドルに会えないオタクさんのような感覚だったといえるかもしれません。
だからなのでしょう。
「こんな生き方でいいんだっけ。。。」と考え始めて、独立して生きていく道を模索し始めたのは。
家族のとなりで仕事ができる
「ずっと寝ていて、起きているときには飛びかかってくる。」ということは、人生の中でそれほど長い期間ではなかったといえます。
Googleフォトで娘の写真を眺めていると、おなじ娘だとは思えないような、思えるような不思議な感覚だったりするのです。
なので「仕事」というのは、
「出社して、コンクリートジャンルのなかで、家族とは離れて。」といったことをあたりまえだと考えていかないほうがいいといえます。
特に男性にとっては「外で働いてこそ。」いった心理が仕事をする際にはあったりするものでしょう。
だからか「パパ(夫)は家にいないほうがいい。」というような風潮になったりするかもしれません。
ただ、独立していると「家族のとなりで仕事を。」ということも自然におこなえるといえます。
「家族のとなりで寝転がっているように仕事をしている。」というように。
仕事をもっと自然体で
独立して「世の中の常識」という鎧を脱げるようになっていくと、自然体で生きられるようになっていくといえるかもしれません。
仕事にしても「カッチとした場所で、集中して静かに。」というのではなく、ひざの上にパソコンを置いて寝転がりながらでもできたりするのです。
いまも「左サイドの貴公子(家の左側にポジションを取っているという意味)が邪魔しないように隠れながら、妻と娘の会話を盗み聞きしながら仕事をしている。」という自然体な状態だといえます。
そんなことができるのも、仕事のスタイルをじぶんなりにカスタマイズできる独立後という世界に生きているからだといえるのです。
そして「やたらキーボードがカタカタ鳴る。」というようなパソコンを避けていたり、ソフトタッチでキーボードと戯れることができているからだともいえるでしょう。
最近購入したM4 MacBook Airは、マット感が心地よくキータッチがやりやすいものですし、家だったとしてもあったりするのです。
「MacBook Airを使っている羨望の眼差しで見られる。」といったことが。。。
なので「家族からも羨望の眼差しを受けるガジェットを使いながら、家族の会話を邪魔しないとなり感で仕事をする。」ということをもっとおこなっていきましょう。
すると「家族と仕事は別世界」とも考えなくていいものですし、
「家族からも羨望の眼差しを受けるスタイルを編み出していこう。」と仕事の自然体化を編み出してもいけるものですから。
まとめ
我が家はみんなMacBookを使っているので、羨望の眼差しは言いすぎだったかもしれません。
【おわりに】
いつかの誰かのための備忘録。
MacBook AirでWindowsを使いたいときに活躍するParallels Desktop。
「Parallels DesktopでWindowsを使うとキー配列がMacと異なりイライラする。。。」というそんなとき。
Parallels Desktopの環境設定でショートカットキーをアレンジしていくと解決するよと。
【一日一新】
マクドナルド マカロンラズベリー