「ちょっとタダで聞いちゃおう。」というのは、相当な関係性でもない限り控えていくべきです。
タダで聞くし、タダで教えることもある
「特別な経験や能力を持っているひとからその専門知識を学びたい。」ということはあったりするかもしれません。
そんな際には「タダでちょこっと。。。」と思うこともあるでしょう。
わたしにも「タダでちょこっと。。。」と思う場面はあるものですし、
ご飯をともにしている際には「あれってさ。。。」とタダで聞くことがあったりするものです。
「そーいえば。」と。。。
ただ、その際に教えてもらったことに対しての感謝を忘れないようにしていますし、
そのようなひとから「あれってどうなんですか。。。」と聞かれた際には、心地よく全力で対応するようにしています。
「よくぞ聞いてくれた。」などと心のなかで考えながら。
とはいっても「タダでちょこっと。」という対応をするのはかなり少数なひとだけだといえますし、特別な関係性だからだといえます。
それでも「特別な関係性。」などと依存するのではなく、尋ねる機会は慎重に選ぶものですし回数なども1年に何回もとならないようにかなり気をつけているものです。
「タダで聞こう。。。」に本気の対応は一切しない
特別な関係性だから「タダで聞いてタダで聞かれる。」ということがあるのです。
とはいっても、そのような特別な関係性のひとは、ほとんどいなかったりするといえます。
「わずか数人だけ。。。」だともいえるでしょう。
などというような数人以外のひとから「ちょっと教えてよ。。。」と言われたらどうするか。
それも、ご飯をともにしている場などではなく電話で不意に聞かれた際には。
「全く本気の対応をしない。」といえますし、それが正解だと考えて行動しています。
「いやー、知らないなぁ。」といったことや、そのような連絡が続くようなひとであれば電話にもメールにもLINEにも全く反応をしなくなります。
「友達減るよ。。。」とも思われるかもしれませんが、それでいいよと。。。
「ちょっとくらい、いいじゃん。。。」というならば、
そのちょっとに感謝を示す何かしらを提供しなよと感じますし「お金を払いなよ。」と言葉にしていたりもします。
お互いにとっての気持ちよさは大切
「ちょっと聞いてみよう。」ができるのは、たしかに心強いことです。
それがじぶんの事業にとっての課題であれば、なおさらでしょう。
ただ、そのちょっとには心理的なかなりの負担感があったりするものです。
「いままでの何万時間分の修行の成果が。。。」などということよりも、単純にめんどくさいかなぁと。
ましてや、一緒にご飯を食べる仲でもない「じぶんの人生において忘れかけていたひと。」であれば「面倒。」を買って出る気にもならないものです。
なので「タダで聞いちゃおう。。。」と考えるなら、
「ご飯を一緒に食べている間柄か。」といったことを考えて踏みとどまったほうがいいといえます。
わたしが「ちょっと。。。」という場合にも、
「ご飯を食べて貰える間柄か。」といったことを意識しているものですし、仕事上で会っただけのひとには「ちょっと。。。」などとはしないものです。
すると、意外に「そのちょっとができるひとは見つからない。」とも感じるでしょう。
そんなご飯を気持ちよく一緒に食べられる間柄でなければ、
「ちょっとタダで聞いちゃおう。」は一生の関係性を崩していると考えて立ち止まってみたほうがいいものです。
聞かれた方は、そのちょっとを根に持っていたりもするものですから。。。
まとめ
「ちょっと。。。」をさせないために、秘伝のわかりやすいメニューページをつくっているともいえます。
【おわりに】
スポットで相談してきた方が「その相談内容の延長線上であからさまな理不尽な対応を取られた。」と相談された場合には対応をしていたりします。
ただ、以前の相談の延長線上でなければシャットダウンしているかなぁと。
【一日一新】
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