ルールが途中で変わってしまう状態から逃げよう

ルールは、誰もが動きやすくするためにあるものです。



ルールは動きやすさを作るもの


一定のルールがあるとないとでは動きやすさが違います。

ルールの本質は、何かをするときにずるいことする人をが出てこないために作るものです。

一定の決まりがあると、やっていいことと、ダメなことが明確にわかるので安心して行動をすることができます。

また、権力や金銭を持っている人も同じルールのなかで活動してくことになれば、公平性が保たれることになり、不都合なことは少なくなるはずです。

強い立場にある人も、弱い立場にある人も同じルールだからこそ、ルールが作られる価値があります。


ルールは都合よく変えわることがある


ルールは、行動の指針になるので誰にとってもわかりやすいものです。

しかし、ルールがあっても、そのルールを決めた側から破る人がいるのも事実です。

ましてや、そのルールを作った人が破るということが良くあります。

ルールを作った人が、ルールを破る

かつて、仕事を休暇する際は前日までに連絡し、許可を得て休暇を取ることというルールが、勤めている途中で出来た職場で働いたことがあります。

当日の朝に、対象不良になったりして休暇の申請をする場合には、有給休暇ではなく欠勤になるというルールでした。

労働法の観点は別にして、ルールなのだから仕方がないのかなという感覚もありましたが不思議なルールだなという感覚が当時ありました。

しかしそのルールが制定されて間もなく、ある日にそのルール作りを主導した人が当日に連絡をして休むことになりました。

それは、ルール上は欠勤扱いになるものだと誰もが思ったところでしたが、その方は欠勤にはなりませんでした。

このルールを作った当事者が、当事者としてはまさかの事態で、当日連絡で休むことになったのでしょう。

たしかに、法律上はこの場合でも有給休暇は認められると思います。

ただ、ルールを作った本人がそのルールを破るというのは、何のためにあるルールなのかということになります。

ルールを都合よく変えられるなら、それはルールではないです。

世の中にはルールを作ったのに、作った本人がその権力でルールを破るということがあるかもしれません。

そう、ルールを都合よく変えることがあるのです。


ルールを作れる立場になる


行動がしやすいように作られるのがルールというもの。

しかし、簡単に破られるものがルール。

さらにルールは、自分の都合によって簡単に変えられるものだという人や組織があるのも事実です。

それならば、自分で自分なりのルールを作るべきです。

また、そのルールが合わなければ逃げる態勢も秘密裏に取っておくべきです。

ルールは簡単に変わってしまうもの。

そうであるならば、なるべくルールを作れる立場に行くべきです。


【おわりに】

ルールがあるのにもかかわらず、途中で解釈が変えられたことがおかしいのではないか、という意見は真っ当なことだとおもいます。

あくまでも行為が度を越しているということと、ルールがどうかということは別の範疇で考えるべきだと思います。

泉佐野市の最高裁の判断は、妥当なものだと思います。


【一日一新】

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